453.ドスが原のムジナ

黒氏    平野  晶平

  おらっちや子供のころドスが原というところはこわいところやった。川の向う側に徳前のサンマイがあったし、こちら側には黒氏の長池があって、昼間でも薄暗いほど木が繁っていた。
  ある時、井田の方へ仕事に行っていた大工が建前によばれて、でかいオザシをもろて帰ってきた。そしたら今のこっちや、徳前のサンマイのへんへきたら、自分の目の前へ白い装束を着たものが前におる。これやどんこならんと思うてドスが原を走ったと。走ってドスが原を越したれども、なお目の前に白いものがおったと。はあはあん、このオザシを欲しいけなと思って
「お前はこのオザシを欲しいげろ」と放りやって、 一生懸命に走ったが、まだ白いもんが目の前におる。こりやどんこならんと思って黒氏まで走って、うちの玄関へ入った。
「お爺、帰ったかいの」
「おー」
「ところでオザシ持ってきたかいの」と言うたと。建前やとオザシもろてくるが、みんな知っとるもんやさかい。
「おらの前へ白いもんが現われて、それにあんまりぼわれるもんでオザシやってきたわ」とこう言うたげ、
「お爺、お爺、おまえさんの笠の前に何やら白いもんが下っとるが、それや何じゃい」と言うたと。笠の前にすべが下っとったと。
  そのすべが白い装束に見えて、こっち見りやこっちに、あっち見りやあっちにぶら下がっている。白いもんちゅうがすべやったげちゃ。ほんなら、あのオザシとってこなどんこならんといって逆戻りして、オザシを放ったところまで行ってみたところ、ほんとにとられてしもとったと。ムジナもっていってしもたげちゃ。それくらいにドスが原ちゅうところは、何か出る所で恐ろしい所やった。