388.江洲坂本の一人商い

良川     千場  つき

  百姓の人が忙しくて、忙しくて、しかし店に売るほどの収穫もないもんで、菊の花と柿は坂本の一人商いちゅうて、柿の実のいくつかなっとる枝を軒にぶら下げてあるぎい。そしてその下に黄色こい刺身のケンになる菊を置いて、それを一人商いちゅうて、家の者がちょっこりもおらいでも、そこはどんながになっとるぎや知らんけれども、比叡山へ登るもんなみんな坂本の町を通ると、竿に銭つけて掛けてあるぎい。誰も家の者に売ってくれちゅうとる者んなおらん。家の者んなおっても坂本の一人商いちゅうて、弘法大師様が「そんな忙しいがにどうすることもならんがになったら、わしや、番するさかいここへ掛けておけ」て言うてくれたったぎいと。弘法様が修業に歩るいてね。それをだまって取ってきたら、坂本の在所をもうて、歩いて出られんちゅう話があるぎいと。
  それぞれ置いてあるものに値段が書いてあるぎいと。それをみんな買うて帰らんならんような気持ちになる、そういう商いをしとるわいね。そしてその次の在所へ弘法様が行ったら、栗を茹でて出してくれたといね。そしたら弘法様は「これはなんとうまいものじゃ、これは一年に何遍なる」ちていうたら、「一年に秋一回でならんぎい」てその家の人あ言うたとい。
  そしたら弘法様は「こんなうまいもんな一回でならんがか、二回なるがにしようか」ちゅうて、"二度栗"ちゅうて、今は三月か四月にイガがつくとい。今でもそんな栗の木が四、五本残っとるぎい。