380.紺屋の久助と高尾

良川    千場  つき

  むかし、貧乏な、貧乏な久助ちゅう男が、染め物屋へ奉公に行ったぎやいね。
  一日にろくな銭ももうけられん久助が、花魁道中を見たぎちゃ。それからは寝ては夢、起きてはうつつまぽろしで、毎日仕事しんとって、高尾が来る、高尾、高尾ちゅうとって、染め物もせんと飛んで歩くようになった。そしたら親方もよわっつてしもうて、高尾大夫のことを間うたら、一晩、高尾大夫と遊ぶと十五両やていわれたぎや。久助が十五両もうけるときにや、三年かかるぎや。
  親方は、そんなもん、大夫にほれたてどうなる。三年間、真面目に働けば高尾を買いにやってやる。と言うたもんで、三年間、寝る間も寝ずに働いたぎや。そして十五両給ったがや。在所の偉い人が久助を連れて行ったぎ。そしたら高尾がお酌に出ておったとい。久助が一夜で使う十五両の金は惜しいとは思わねど、こんな晩がせめて二日も続いてくれりゃよいちゅうて久助が言うたと。そしたら高尾が
「今度はいつ来てくれる」と言うたもんで、
「三年たったらまた来る」ちゅうたとい。
  高尾の所へいつも来る殿方やちゅうと
「いつ来てくれる」と言うと「明日来る」と言うがに
「お主に限って、三年たったらまた来るちゅうがは、どういうわけや」と聞いたと。
  久助が
「三年前にあんたを見初めてから、三年間夜の目も寝ずに溜めた銭が十五両のがで、今日遊ばしてもろうたら、またこれからあんたの所へ来るときにや、三年間寝んと働いたら、三年後にまた来る」ちゅうたら、高尾が「よのお客様が今日来る、明日来るちゅうがに こんな人をおいて殿方にほれとったら芸妓の冥利にかかるさかいに、来千三月年季が明いたら、あんたの嫁になりんす」と言うたぎ。年季が明いたら久助の嫁になることがきまったげちゃ。ほんでここへこんでもいいちゅうがになった。まっで、夢みたい話や。親方は心配しておったが、久助は来年三月高尾が来るちゅうもんで、仕事をしるともしるとも、そやけど親方も高尾が久助の所へ来るちゅうたれど、近所の者も本当にせんぎや。
  そしたら丸まげ結うて、駕寵に乗って短い着物で高尾が来たぎとい。高尾が嫁に来たちゅうたら、店がはやるの、はやらんのちゅうてそんなもんでなかったとい。
  たとえ晒しの一反でも 染めてもらわにゃ 冥利につきるちゅうて はやるともはやる染め物屋になったと。
  そこに、誠と人との請合、信ずることと真心、真心と真心の寄り合いが、紺屋高尾になったぎね。
(大成455「一目千両」・通裡381「一目千両し」)

(付記)

一目千両

  男が町に出て働いて金をため、みやげ話に花魁を見に行く。ためた金の半分を払って三代たかおを見るが、男が寝ている間にたかおは行ってしまう。残りの半分も払うが、あやふやしている間に行ってしまう。泣いているとたかおが来て、「それほどに私を見たがってくれるなら、五日後に年季が明くのであなたの嫁になる」と言う。男は喜んで紺屋の家に帰ると「たかおには嫁は勤まらない、だまされたのだ」と反対されるが、約束どおりにたかおが来て嫁になりよく働いた。それから「たかお染め」と呼ばれるようになる。