348.火の守り なべつり地蔵(羽坂)

羽坂    辻井  吉松

  ずうっと昔のことやけどな、羽坂の在所に火事がおきてどおもならんことがあったとい。そんなときに在所のあるお父とが、毎晩、毎晩夢を見るぎとい。どんな夢やちゅうたら「わしは京都に居る地蔵じゃが、羽坂の火の守りのためにそこへ行きたいから、迎えにきてくれ」ちゅうそんな夢やったと。
  そんで、お父とが在所のみんなと相談して京都へ迎えに行くがになったがやわいね。そして越前のある所まで行ったところが、向う側から大勢して、地蔵様を担荷棒でかついでくるもんで、その人らに「あんたらっちゃどこまで行くがいね」ちゅうて聞いたら「実は京都から来たがで、この地蔵様が夢のお告げで、能登の羽坂へ行きたいちゅうて、毎晩夢枕に立たれるもんで、これから送って行くところや」と言われたと。
  そしたら、羽坂から迎えにでた連中が「われわれもこれこれの理由で迎えに出たぎ」ちゅうて話をして、そこから地蔵様をお受けしてきたのが、"なべつり地蔵"やわいね。
  後光についとる鉄の輪が、なべつりみたいなもんでそんな名がついたがや。
  それからはこの地蔵様あ、毎晩夜回りをしてやちゅうことで、羽坂に火事がおこらんがになったぎとい。
  ある晩のことやったといや、昼間の仕事の疲れで、えん中の辺りに横になって、うたた寝しとった兄ん様が「チャリン、チャリン」ちゅう錫杖をつく音に目を覚ますと、兄ん様の着物の裾に火がついていて、もうちょっこしでキバラに燃え移るところやったがを、大事にならんとすんだがは、地蔵様の夜回りのお陰様やちゅうて、手厚くお祀りしたぎといや。
  ところが太郎ェ門ボンちゅうもんがおってな、毎夜さ、でかい木か竹竿を持って夜遊びして歩いとる男やったとい。そしたら、この太郎ェ門ボンが、いつもでっかい、うす汚い坊主と出会うぎとい。そこで、あのチキショーいっぺん弱らいてやらにや、いつもかも夜になるとおらと出会うちゅうて、持っとった棒で横殴りに殴りつけたぎとい。そしてその坊主に大変な傷をおわせたとい。
  しばらくたって地蔵様を見たら、首から血が流れとって、首やなかったとい。
  こりや、なべのつり地蔵様が姿をかえて夜回りしとたったがや、とんでもないことしてしもた。ありがたい地蔵様を大事にしにゃ、ちゅうがになった。
  それからどれくらいたったか知らねど、地蔵様のお堂の隣のサブ口へサちゅう家へ、坊さんが訪ねてきて「隣の地蔵様の首をなんかつけられんか」ちゅうてこられたとい。坊さんがもどってから、サブ口へサのもんな外へ出て、その辺あっち、こっち探したけれど、どこにも坊さんの姿が見あたらなんだが、ありゃあ、地蔵様やったぎじゃ、ちゅうことで、サブ口へサのお爺じや木で顔を彫ってすえたぎとい。今の地蔵様の首は、その後に石で作ってもらったもんじやが、在所の者の信仰は昔とちょっこしも変わらんわいの。

(類語)

羽坂   清水  ふさ

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