303.黒氏

  「くろうじ」ともいったりするが、中世の戦国期、天文十七年の気多社年役注文に神免分として「黒地村」七十苅(三俵)とのっているから、当時の地名としてそのように呼んでいたと思われるが、近世、長家文書には「黒氏村」とある。
  地名の由来については、低湿地に生息していた「志止止鳥」の一種に「クロジ」というのがいたので、これを地名にしたといっている。また一青荘から鎌倉期に分離したのであるが、そのころの名田の名主が「九郎次」であったことから、その人の名に由来するという説もあるが不詳である。