251.鍬に弁当

瀬戸    池島  つや

  又兵衛サのお爺じや小僧どもに、毎日田んぽ起さしに出したとい。自分な何んも仕事せんと、小僧ばっかりにさせとったと。そしたら小僧らっちや腹立てておったところへ、爺さまが小僧等に「わらっちや田んほしとっと思うたら、大きなあしみ違いや、お米様が田んぽするげじゃ」ちゅうたもんじゃさかいに、小僧等ちゃなお腹立てて、鍬の柄に弁当をしばって、皆んな土居に寝とったぎとい。
  そこへ又兵衛サのお爺や仕事の様子を見に来たとい。「おまえらちゃ何しとる」とおこった。小僧が「あら お親父さま、いつもわらっちや仕事しとっと思うか、お米様仕事しるぎや、と言うたもんで、今日まお米様みんな田んま起いてもうてやじや と思うて鍬を持たしてあるぎやが、仕事なんもしとらんヵいね」ちゅうたら、お爺さんな何も言わんと、だまって行ってしもうたといね。
  それから、お爺さんは小僧らにそんなひどいこと言わんがになったと。
(大成590「仕事は弁当」・通観334「弁当が働く」)

(類話)

大槻    小蔵  きよ乃

(付記)

仕事は弁当

  笑話・巧智者談。
  旦那はケチで、使用人に三度の飯を食べさせるのさえ惜しい。
  ある日、作男が畑から帰って、いつもよりはかどったと仕事の報告をすると、それはおまえがしたのではなくて弁当がしたのだ、大食いだからと言われた。翌日、作男は畑に鍬を打ち込んで、それに弁当をぶら下げ、自分は木陰で昼寝をしている。旦那が見回りに来て叱ると、旦那が昨日、弁当が仕事をすると言ったので、今日は弁当を鍬に持たせて、その仕事ぶりを見ているのだが、どうも弁当がろくに仕事をした様子が見えない、と答える。