239.ウワバミソウ (とろかし草)

黒氏    平野  晶平

  ある時旅人が山道を歩いとったら、谷間の方にばたばたしとるもんで、それは何じやろと思うて見とったら、大蛇が人をのみこむところやったといね。恐ろして恐ろして、そうっとかくれて見とったげと。そしたら大蛇がその人を丸のみしてしもたげ、大蛇の腹ふくれてどうしても動かれんがになってしもたげと。そしたらどうするもんじやらと見とったと。すると横にある草をぺらぺら食べとったと。その草を食べとったら腹がだんだん小さくなって、あたりまえの腹になってしまって、どこかへいってしまったと。その草がどんな草やと思うて見たら片葉やったと、これをウワバミソウというげと。
  このようすを見とった旅人が、ある時、ソバ喰い大会に出たがやと。食べる競争に出たがや。せい一ぱい食べたもんで苦しくて苦しくてどんこならんもんで、どうしたらよいやらと思うとったら、あの大蛇のことを思いだいて、自分な谷間からウワバミソウをとってきて食べたら、食べたソバだけ残って自分の体ないがになってしもうたと。
  ウワバミソウは人間の体を熔かす草やったと。大蛇は人間の体を熔かすためにウワバミソウを食べたがで、旅人がソバを食べたときには自分の体が溶けてしもて、ソバだけ残ったげと。それから片葉のことをウワバミソウという名がついたと。
(大成452「とろかし草」)

(付記)

とろかし草

  愚人談。草を食べて体が溶けてしまうことを主題としている。
  ある山奥を爺が歩いていると、大蛇が人を呑んで腹がおおきくなって苦しんでいる。大蛇はおもしろい形をした草を食べると、腹がみるみるうちに小さくなる。爺はその草を根ごと持って帰って来る。
  その爺がソバが大好きで、満腹になるまで食べてから、その草を食べると、体がどろどろに溶けてしまう。「人間の溶ける草」「人消し草」といわれている。落語でも「そば清」「そばの羽織」として演じられる。