212.東京見物

良川    千場  つき

  音、ある在所のもんな東京へ行ったぎい。爺ちやんと婆ちやんと行ったぎい。そしたら行くなりパーツと一辺に電気がついたと。まあなんにせい「土産にポカットつく物を買うて行かな」と思うて在所中へ電気の球を配るがにしたぎいと。電気が来とらにやつかんがを知らんと、在所中明るなるなと思うたぎい。
  そしてちよっこし行ったら、そのお爺やあんまり平常なりに来たもんでフンドシやー汚いもんで
「お婆フンドシーつ買うまいか」ちゅうがになって、そしたら
「お爺フンドシちゅうがもみともないさかいフンドーちていわんか」ちゅうがにして、向いの店へ行って
「どっかこの辺にフンドーあ、なかろうかね」ちゅうたら
「ありますよ、ありますよ」ちゅうて教えてくれた所は秤を売っとる店やったと、そこでおかしいな、フンドシを秤を売る店に売っとるがかなあと思うたけれど
「ごめん下んせ、フンドーあ,あるかいね」ちゅうたら
「ありますよ」ちゅうたとい、その番頭さんらちゃ
「どんなのでもありますよ」ていうたと、そしたらお節とお婆と
「そんないろいろあるがかのう」ちゅうとったら
「竿に応じたフンドーですよ」ちゅうたとい。そしたらお爺や、あっち向いて計らんならん、フンドーの長さを計らんならんやろいね。そしたら婆さんと二人して計って
「こんだけ程やわいね」ちゅうて手で真似をしたとい。そしたら小んちゃいフンドーを出していくいたとい。そしたらお爺じとお婆ばと
「この辺な風呂へ入る時に掛けて入るがかねえ」ちゅうて話しとったとい。
「そやけど掛けるちゅうたてすべり落ちるしなあー」ちゅうとったとい。
(大成417「分銅と揮」)

(付記)

分銅と揮

  意味する内容が全く違っていても、よく似た発音をするために思いがけない誤解をすることがある。この語は分銅と揮とを聞き違えられ、とうとう揮を買えなかったという愚人談。
  ある思か息子が揮を持っていなかったので、町の反物屋へ行って「ふんどをくれ」と言うと、店の主人が「ふんどはここにはない。金物屋に行け」と教える。そこで金物屋に行って「ふんどをくれ」と言うと、「どれだけいりますか」と間うので「五尺五寸下さい」と言う。主人は「それは揮でしょう」と言って反物屋に行かせた。
  息子はまた反物屋に行って「ふんどをくれ」と言ったが断られ、結局愚か息子は揮を買うことができなかったという話。
  干場つきはこれを「東京見物」として語った。