210.鹿の卵

黒氏    平野  晶平

  昔やよう鹿がおって畑もん荒らされて弱ったもんじゃ。
  ここら黒氏のもんな、秋終わってから石動山あたりの出仕事に行ったが、そんとき聞いた話やというておらちに話してくれた。
  どいけえちゅたら、山の奥から炭をかついで下りてきたげちや、そしたら道端に丸いもんが落ちとったげちゃ。これや何じやろということで「こりや何じや、何じや」と言い合うとったげちゃ。どうしても分からなんだ。そしたら物知りの爺さんが「おまえらっちやこれ知らんがかい。こりや鹿の卵やがい」というたと。ほんなら割ってみんかということになったげちゃ。割ったところが、中からあずきが出てきたと。あずきが入っとったもんで、そしたら、「鹿ちゅうもんな卵のあいだからあずきを食べとるがい」と言うたと。ところがよく考えてみたら、物知りの爺さまそう言うたけれども、そりや里から上がってきたときに、おら落いた団子やった。団子の中へあずきのあんこが入っとったがを、割ってみて卵のあいだから鹿のがきめや、あずきを食べとるひどいやっちやと言ったわけや。
  よう出仕事に行った林善七爺さんの話や。
(大成329「座頭の卵」)

(付記)

  愚かな話は比較的交通にめぐまれなかった山村に託して、その村人の行動として語られる愚か者たちの総括である。当地では黒氏の男等が山仕事に石動山や蟻が原へ行っているが、そこの住人がこの話の担い手でも語り手でもない。この愚か村話の担い手、語り手はむしろその周辺の里村の人たちである。この周辺の村々が説話圏であり、伝承圏であるといえよう。
  また里村の人々が山村の人々をなじるためにつくったものとみえる