208.鏡と女房

良川    千場  つき

  鏡ちゅうもんを知らなんだ兄んさまが、初めて鏡ちゅうもんを買うてきてのぞいてみたら、その中に死んだ父とがおったとい。そやもんで大事なもんにして、蔵の長持ちの中へ入れて「父とお」ちゅうて見て喜んどったぎと。そして母かがのぞいて見たら女が写っとったもんで、おっちや兄んさまメロー(女)を買うてきて、長持ちの中に囲うとるちゅうて暴れたげちゃ。
  兄んさま見たときにや、わりや写るもんで父親やと思うとるし、母かは兄んさま何しとるやらと思うて見たら、わりゃ写るもんで女をおいとると思うたぎ。そしていさかいして、二人でのぞいて見たら、そしたらわりゃがいや、おらやがいやちゅうて仲直りしたとい。
(大成319「尼裁判」・通観477「松山鏡」)

(類話)

黒氏    平野  すず子

「類話」

鏡の話

末坂    三野  喜美子

  鏡ちゅうもんを見たことがない母かが鏡を見て、俺らと一緒のもんがなんでこんなところにおるぎなあ、ちゅうて一生懸命に話かけとったとい。
  話しかけりや、あっちも同じいがに口を動かいとったとい。そやもんで「わりゃあー、なんで同じ事を口開けりゃあけるし、手まねしりゃ手まねをするし、芸すりや芸するし、なんとおもしろい事するもんじやなあ」というたと。なんと不思議なもんじやなあちゅうて見とったがが、鏡の始まりやといね。

(付記)

松山鏡

  日本昔話事典によると「尼裁判」ともいい世界的なひろがりをもっている昔話で、トルコ、インド、中国にもあり、朝鮮を通して日本に伝播したものでないかと記されている。
  親孝行な息子がおり、殿さまが灰で縄をなった者にはほうびをくれるというので、親から聞いた方法で灰縄を作って殿さまのところに行くと、大変喜んで「何でも欲しいものを申してみろ」と言われる。そこで息子は「何も欲しいものはないが、死んだ父に会いたい」と言うと、箱に入ったものをほうびにくれた。こっそりはこを開けてみろと言われたので、家に帰って奥の部屋で開けてみると、なるほど父親がいる。喜んで部屋を出てくる夫を見た妻が、あの部屋にはきっと何かがあると思って、行って箱の中を見ると、きれいな女がいる。「夫はこんなところに女をかくしておったのか」ということで夫婦はけんかになってしもう。隣に住んでいた尼さんが仲裁にやって来て、鏡を見たところが頭を剃っている。これでけんかがおさまったという話。江戸見物や伊勢詣りの土産話として広まったものである。
  鏡そのものが高貴なものであったということもあって愚か者話としてばかりでなく、本格昔話としても語られ「絵姿女房」や「姥捨て山」の話に含まれたりして語られる場合もある。