105.狐女房

良川    千場  つき

  むかし、あるところに、ひとり者の男がすんどったと。あるとき、近くの山へ柴刈りにいっとったら、猟師のしかけた「わな」にかかって、苦しんでいる狐をみつけたのやと。男は、かわいそやなと思って、わなをほどいてやったら、涙を流して喜んで、何べんも、何べんも、ふり向いては山奥の方へ行ってしもたと。
  それから何日かたったある晩、美しい、若い女がその男の家へ入ってきて、
「あんた、ひとりでふんじょなことやろう、どうかわたしを嫁さんにしてもらえんやろうか」と言うてきたもんで、男も喜んで「ほんなら、嫁さんになってくさんせい」と二人は夫婦になったんやと。
  この男のとこへきた嫁さんは、そりやまた、きれいやし、そしてまた、なんと働く、だいすきな嫁さんやったと。そうしとるうちにはや子供ができて、三つにも四つにもなってしもたぎい。
  そやけど狐でも三日化けたら一日狐にならんなんげといね。化けたきりにおられんげと。
  あるとき、昼寝をしとっときに、子供が
「母ちやんのけつに尾んぼあでとる」といったもんで、母ちやんなびっくりして目さまいて、尻尾かくしてしもたと そんなことがあってから また三・四日あとに 嫁さんが、あまへはしごをかけて 薪をおろそうと思って中途まで上ったら、下でみておった子供が「母ちやんのけつに、太い尻尾が下っとる」とさわぎだして、父とに言うたげ。もう化けの皮がはがれて、もうこの家におられんと思うて、その夜、縁側の障子に墨黒々と
「恋しくば、尋ねてきてみよ、しのたの森へ、母は待ちます、あの山に」と書き残して姿を消してしもたとき
(大成116「狐女房・聴耳型」・通観58「狐女房」)

(付記)

狐女房

  慈悲ぶかいひとり者が山へ柴刈りにいき、わなにかかっている狐を放してやると、狐は山奥へ逃げていく。その後、若い女が男の家へ来て嫁にしてくれと言うので、夫婦になり子供ができる。
  ある日女房が薪をおろすためにはしごへ登ると、下で子供が、母の尻に尻尾があると言ったので、この家にいられないと思い、障子に「恋しくば尋ねきてみよ和泉なる、しのたの森にうらむ葛の葉」と書いて姿を消した。というのが「大成」である。