14.ほととぎす兄弟

廿九日    守山  なつい

  昔、ある山の村に貧乏な二人の兄弟がおったと。兄んかがめくらだったもんで、弟が一人して働いては兄に食べさしておったげと。
  ある年のこと、凶作で米も畑のもんもとれんで、もう食べるもんがないがになって村中みんな弱りきっとったと。
  弟は目のみえん兄んかにひもじい思いをさせんとこと思うて、毎日山へ行って、山芋を掘って食わしとったげといね。それでも弟の取ってくるもんなまずいと言って不平を言うとったと。
「あいつ山で何しとるやらわからん。おら目や見えんと思うておらにまずいとこ食べさして、自分などんだけいいとこ食べとるやらわからん」
  弟はだんだんやせて、もう骨ばかりになって、山へもやっとしか行けんようになった。そんでも兄だけには食べさして、自分はつるしか食べんくらいにしていた。
  ある朝のことだった。弟は、うつらうつら眠ったまま動かれんようになっていたと。兄は
「ままをくれ」と言ったが弟の声がなかった。
「このやろう。自分だけ腹いっぱい食べて寝とるな」と言っては弟の腹をなぜたら腹がふくれていたので、寝ているのを幸いに、弟の腹を包丁にかきわった。泥と手のつるしかなかった。
  弟は食べるところをみんな兄に食べさせ、自分はひもじい思いで死んでいった。兄ははじめて弟のやさしさを知った。
  「ああ、こんないい弟を殺してしもた。おらが悪かった」と兄んかが後悔して弟をいいがに葬ってほととぎすになってしもたと。
  「ホッテ、二テ、クワショ、ホッテ、二テ、クワショ」ちゅうて鳴くのがほととぎすやがいね。
(大成46「時鳥と兄弟」・通観529「ほととぎす兄弟」)

(類話)

瀬戸 池島 つや    一青 岡島 みすの・川緑 春江    春木  小谷内 勝二・奥木 利作

「類話」

黒氏    平野  晶平

ほととぎす兄弟

  春先ほととぎすが「ホッテ、二テ、クワショ」と鳴いとるわいね。兄弟仲のよいほととぎすがおったと。兄が肺病になって治らんで寝込んだと。誰か山ねもをほじってきて煮て食べさしたら治ると言ったと。そしたら弟がそれを聞いて、一生懸命山ねもを掘ってきて弟ほととぎすが兄のために掘ってきては食べさいたと。
  弟が「掘って、煮て、食わしょ」といっては山ねもを探いとったもんで、それがほととぎすの鳴き声になったげと。
  ほととぎすは春先に鳴くわいね。そのほととぎすの鳴くころに、ショウジョウバカマが咲くが、春木の人はこれをほととぎす花とも言っている。

(参考)

ホトトギス

(鹿島郡誌より)

  或村に二人の兄弟あり、弟は大の兄思いにて、毎日出より芋を掘り来り兄には中程より末の味よき所を食べさせ、自身はいつもごんごとつるの不味き所のみを食せり、然るに邪樫にして盲ひたる兄は、弟の心も知らず自分にさへかく昧よき芋を与べくれるが弟は如何ぱかりかうまき所を味ひをらんとて弟を刺殺し腹割き切って検め見しに、こはそも如何に、弟はかぼそくして不味きごんごとつるのみ食べいたるなり。
  夢より醒めし兄は弟許して呉れよと泣き悲しみが遂に不如帰と化しオトトイモホッテクワショ、オトトイモホッテクワショと血を吐きつつ今も泣き叫ぶなりと。

(付記)

時鳥と兄弟

  小鳥前生談。あるところに二人暮しの兄弟がいる。兄は盲人。弟は毎日山手を掘りに行き、兄にはよいところを食べさせ、自分はまずいところを食べていた。ある日兄は、自分がこんなにうまいのなら弟はどんなにうまいところを食べているだろうと、弟を殺して腹を割いてみると、芋の筋ぱかりであった。兄は後悔し、悲しみのあまりホトトギスになって「弟恋し」と鳴くようになった。
  小鳥前生談には「雀孝行」「鳩不孝」「ホトトギス兄弟」「郭分と母子」「水乞鳥」などあるが、虫を食う鳥の習性や鳴き声や羽音などの生態を見ている。山村生活の中から育まれたものである。また親不孝の話に悲しみや残酷さを感じさせるのは仏教思想が入ってきたことからであると思われる。鳥は古来霊魂の運搬者と考えられ、特にホトトギスは彼の世と此の世を往来する鳥として冥土の便りを運ぶ悲しい鳥とされている。