5.婆の狸汁

末坂    三野  喜美子

  昔あるところに爺さまと婆さまとおったと。爺さまは山の畑へ仕事にいつとったら、毎日狸が出てきて爺さまをからかったり、じやましてどんならなんだと。何んかしていたずら狸を捕まえることあできんかと思うて、いつも狸が休んどる木の切り株に松やにを塗つておいたげと。そして知らん顔して今日も爺さま畑で仕事をしていたら、相変わらず狸が出て来て木の株に座つてからかいはじめようとしたら、尻に松やにがくっついてはなれられない。狸はうろたえてバタバタしとる。これ見ろと思うて爺さま狸を捕まえて、今日こそはかんにんできんちゅうて縄に縛り付けて家へ持つてきて、梯子にぶらさげて
「婆さま、婆さま、今夜狸汁にして食べまいかい。逃がすなよ」と言ってつるしたまま、また畑へ行った。婆さまは米をかっていた。それを見ていた狸は
「婆さま、婆さま、たいそな俺が手伝いしてやっさかい縄をほどいてくれんか」と言った。はじめのうちはだんないわいと言っていたが、だんだん腕もいたなってきたし疲れてきた。あんまり狸が助けたるというもんで仕方なしに縄をほどいてやったら、狸はきねで婆さまをたたき殺してしもた。そして婆さま汁を作って知らぬ顔して婆さまに化けて米をかっていた。
爺さまは
「婆さま今帰った。狸汁はどうや」と言って畑からもどってきた。狸は婆さま汁を爺さまに喰わせた。爺が汁を喰うと
「爺が婆汁食べた、爺が婆汁食べた」と言って逃げていったと。
(大成32A「勝々山」・通観152「狸の婆汁し」)

「類話」

川田    守山  裕美子

カチカチ山

  昔々、お爺さんが種蒔きをしとつたら、種を蒔くしりから狸が来てほじっていつたり、さつま芋を植えるとそれをほじって食べていったりするわけや。そしたらお爺さんな大変困つて
「また畜生狸にやられた」ちていうとるところへ兎が来て、お爺さんが腹立てとるのを聞いて
「お爺さんどうしたぎい」て聞いたら
「いつもあの狸の奴がわしの作っとる畑のものをこうしていたずらして困っとるげ」と話しておった。ある日のこと、何とかして狸を捕まえようとわなを仕掛けておいたら、まいことわなにかかったぎいわ。そしたらお爺さんは
「いつもお前はいたずらばっかりするから、足を縛って今夜は狸汁にしてたべてやる」ていうて、家へ帰って狸を家の梁にぶらさげておいたぎい。そして
「婆さんや今夜は狸汁やぞ。この狸の奴わしの作っものをいつも荒らして困る奴や」ちていうて、お爺さんはまた仕事にでかけた。
そうするとお婆さんは、昔だから臼に麦を入れて搗いとったわけやね。お婆さんな腰を曲げて一生懸命やっとるがを見て狸が泣く泣く
「婆さん、この手や足の縛ったのが痛くてたまらん。少しゆるめてくれ」ていうぎいね。
「お前が悪いことをするからお爺さんがこらしめに縛ったぎい」ちてお婆さんは初めは相手にならなんだけれど、そんでもだんだんお婆さんが疲れてきて杵がもたれなくなってきて、休んでいると
「お婆さん、お婆さん、お婆さんは年だからわしがかわってその麦を搗いてあげよう」と言うぎね。お婆さんも初めはだめだめちゅうとったがを、だんだん疲れたがと狸があんまり親切にいうもんで、ついその気になって
「それじゃ縄をほついてやる」ちて縄をほついてやったぎい。
そしたら狸が本性を現わして、お婆さんのもっとった杵でお婆さんを叩きつけてしもたげね。そこへ帰って来たお爺さんは
「婆さんや、婆さんや」て呼んでも返事がないので土間へ来てみるとお婆さんが倒れとるぎい。びっくりしてお医者さんを呼びに行こうとしたところへ兎がやってきて、お婆さんが大変だと聞いて
「狸をこらしめてやる」ていうわけや。お婆さんは怪我が大変やったけれどお爺さんな一生懸命に薬をつけたら良くなったぎい。だけど悪い狸はなんとかこらしめんならんと約束した兎は、狸のホラ穴へ行って狸を呼び出して
「一緒に薪取りをしよう」ちて、薪を作ってお互いにかづいて、狸を前に歩かせて兎は後から歩いて、そして昔はマッチがなかったから火打石と言って石と石をぶっつけて火を出したわけや。兎は狸の背中の薪に、カチカチて火打石で火を起こすぎい。そして狸の背中の薪に火をつけたきい。そしたら狸が不思議で
「兎さん、兎さん、あのカチカチちゅう音はなんだい」て聞くと、兎は
「あー、ここはカチカチ山だよ」ていうぎいね。そうすると狸は
「カチカチ山か」ていうとると、そのうちボウボウと燃えだしてきたぎいね。ほしたら
「なんだかボウボウいっているのは何んの音だい。兎さん」て聞くと
「ここはボウボウ山だよ」ていうわけやね。そのうち背中が熱くなってきて
「アチチチチチ・・・・」ていうてかって、狸は背中に大きなやけどをしたもんでその日は狸をホラ穴へ連れていってやって、次の日に兎は狸を見舞いに行って
「やけどの具合はどうかね」て聞いたきいと。そして兎は
「いい薬を持って来たから背中に塗ってやる」ていうて唐辛子の辛い薬を背中へ塗ったらヒリヒリ、ヒリヒリして狸は飛び上がって痛がったぎいて。そっで兎はお婆さんをひどい目に合わせた天罰やて心の中で思って帰っていくぎい。
それから二、三日して、また狸の様子を見に行った。そしたら狸が大分良くなっとつたきいて。そこで兎はまた、狸に
「今度は海へ行って遊ぽう」とさそうたけど、前にひどい目に合ったから狸はホラ穴から
「イヤだイヤだ」ちゅうて出てこんぎい。そこで兎は
「そんなことをしているといつまでも元気になれんから、大丈夫やから一緒に行こう」ちて連れ出した。兎は木の舟と泥の舟を造っておいたがで、自分は木の舟に乗るし、狸を泥の舟に乗せて二人で漕いでいると、狸の舟は泥だから水に入ると泥あだんだん溶けていって沈んでしまったぎい。そしたら狸はびっくりして
「助けてくれー」てさけんだ。そしたら兎はその時はじめて
「お婆さんをひどい目に合わせた天罰や」ていうと、狸は
「ご免なさい、ご免なさい」て謝ったと。そやもんで兎は狸が謝ったから可哀相に思って助けてやったぎいと。それから二人はまた仲よくなったと。
(大成32C「勝々山」)

(付記)

かちかち山

  爺が畑仕事をしている様子を狸がからかう。爺は切り株にとりもちを塗っておき、狸を捕えて家の裏に縛ってぶらさげておく。狸は婆をだまして縄をとかせ、婆を殺して婆に化ける。
畑から帰ってきた爺に狸汁だといって婆汁を食わせ、狸の正体を見せて逃げる。爺が泣き悲しんでいるところへ兎が来て仇討ちを約束する。
  兎は狸と柴刈りに行き、狸に柴を背負わせ火をつける。次に火傷の薬だといって唐辛子を狸の背に塗る。最後に兎は木舟に乗り、狸は土舟に乗る。土舟は沈んで狸は死ぬというものが一般に知られている。
「かちかち山」の名は兎が柴に火をつけるときの火打石の昔から出ている。
近代になって小学読本に採用された昔話である。