3.猿の餅泥棒

黒氏    平野  晶平

  むかし山の上にいたずらな猿が三匹おったと。一番年下の猿が正月も近くなって深沢のところを通ったら餅かっとったんじゃ。子供らっちや喜んで
「正月、正月、どこまでござつた。この山の下までござった。いやいや何じや、枝にさいたまゆ玉と、竹にさいたくし柿と、つららにささったみかんやった」こんな歌を唄いながらはやして楽しそうやった。と一番下の三郎猿が言うたげと。一番年上が太郎、次が次郎、そして三郎やった。何かしてあの餅をとってくる方法がないかと相談した。そしたら年上の太郎が、わしの言うとおりすればとってこれるかもしれん。ということで計略を言った。わしや玄関にかくれとるさかい、三郎は流し(台所)の井戸に石をドボンとほおり込め、そしたら餅かっとるもんなおろたえて井戸を見に行くやる、そのすき間に次郎は臼もてがら転がいてこい。餅はやわらかいあいだは臼にくっついとっさかい。という計略をたてて、そのとおりやることにした。
三郎は流しへ行つて石をドボンとほおり込んだ。ほしたら餅かっとった人たっちや、井戸へ何が落ちたんかと飛んでいった。その間に太郎と次郎が臼を転がいて山へ運んだ。ところが山の上まで上げたところで中みたら、餅やいつの間にか出ていってなかった。探しに下ってきたら、次郎が木の枝にひつかかつている餅をみつけたげ、あんまり急いだもんで、すべって熱い餅が次郎の尻にくっついて、アチチ、アチチというとったと。太郎と三郎がむりに次郎の尻にくっついている餅をとったもんで、次郎の尻の皮がむけて真っ赤になってしもうた。それから猿のけつが赤くなったげと。
  この話、父親から聞いたし、黒氏にも深沢にも伝わっとるわいね。
(大成20 「猿蟹餅競争」・通観532「餅争い・・餅ころがし型」)

(付記)

餅争い

  猿と蛙の餅盗みから始まるものと、餅つきから始まるものとある。
村中では正月が来るというので餅つきをしている。餅を食べたい猿と蛙が餅つきをしている家に行き、蛙が井戸などで赤児の泣きまねをする。家の者がそれに気をとられている隙に、猿が餅を奪って山に運ぶ。あとは、餅を臼に入れたまま山から転がし追い着いたものが食べることにする。急いで臼を追うが猿の気がつかないうちに餅は落ちて木の枝にひっかかる。足の遅い蛙がその餅を見つけて食べていると、下から戻ってきた猿が餅をよこせと迫る。蛙が筋の中の熱いところを猿の顔や尻にぶつけた。それがあたったので、猿の顔や尻が赤くなったというのが餅盗みの場合に多い。ところで黒氏や深沢に伝わっている餅争いは、猿の兄弟による餅泥棒で「猿と蛙」の変形とみてよいのではなかろうか。原型は「猿と蛙」としたい。
  また「山の上」へ運んでいるところからみると、正月というはれの日、神聖な場所という意味が込められている。